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ようかん見るたびに思う少年の話

古い日記を開いたら、新聞記事の切り抜きが。

 それは、読者の投稿欄、広島県の神田さん(無職・88歳)という男性の投稿でした。

 

その切り抜きに年月日の記入はありませんでしたが、

 挟んである日記のページからすると、1998年8月上旬のものでしょう。

「ようかん見るたび思う少年」と題された、こんな投稿でした。


 

 

「八月六日、原爆に遭い焼けてボロボロの皮膚をぶら下げながら帰ってきた中学一年の子が、

ひん死の床で「極楽にようかんはあるの?」と聞いた。

「あるとも、極楽にはなんでも。おいしい物が一杯」。

「じゃあ、僕は死のう」と言って息を引き取った――という、

知人の手記を、ようかんを食べるたびに思う。

物資不足の折、乏しい食生活に耐えながら、 一生懸命お国のためにと頑張ったあの頃。

 食べたい盛りの子どもたちには、ようかんもおまんじゅうもなかった。

今の飽食の時代の子どもたちを見ると悔しい。

あの素直で、かわいらしかった少年にようかんを食べさせてあげたい。

 また苦しい悲しい、八月が来る。」

 

 

この投稿を読み返し、初めて読んだ時の胸に刺さった思いがよみがえりました。

ようかんはあるの?と聞いた少年が自分の息子に重なって、

悲しくて切なくて泣けてきたのを覚えています。

 

 

 戦後68年。

今わたしたち、食べ物だけでなく、

すべてに「飽食の時代」なのかも。

古い新聞の切り抜きを手に、

なんだか胸の奥がしーーーーんとしてしまいましたよ。。。。。

 

 

 わたしたち、あの日の少年が食べたくっても食べられなかった美味しいものをいっぱい食べて、

 あの少年が生きたくても生きられなかった日々を

 こうして生きてるんですよ(ーー;)、、、、ね。

 

あぁ!

 なんとなんと無自覚な毎日かっ!!

突如!深ぁ~く反省しながら

今日も「ありがとうございます」!!

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