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その人の身になってみ

岩田芳晴先生(社団法人アジア協力会)とお出会いをいただいたのは、もう10年ほど前のある勉強会です。

先生は大手商社を早期退職なさり、私財をなげうってアジアの恵まれない国々に井戸を掘ったり、植林したり、という活動を30年以上続けておられる方。

 

スゴイことに取り組んでおられるのにもかかわらず、そんなそぶりはなく、とても穏やかに語られる優しい口調には、思わずこちらまでほ~っと和んできます。

 

ほんとうに愛の深い方というのは、ただただギブ、ギブのみなのだなぁ、と岩田先生の生きざまからも感じさせていただきます。

 

先生からは何度もお母様の話を聞いたことがあります。

 

先生のお母様は、文字も読めず計算もできなかったそうです。

だけど、先生は「その母からたくさんのことを教わった」とおっしゃっていました。

そのお母様がいつもいつも息子・芳晴(先生)に言っていた言葉とは。

「その人の身になってみ」

 

 

お母様は貧しい農家の出で、小さい頃から働き詰めだったそうです。

「そんな苦労をしてきたから、母からは『その人の身になってみ』という言葉が出てきたのだと思います」と先生。

戦争末期、だれもが大変なこの時期にも、村外れの小屋に住んでいた沖縄の家族に、お母様がおかずを持って行ったりしていた姿を今も鮮やかに覚えているのだ、とおっしゃっておられました。

 

 

岩田先生が恵まれない国々に井戸を掘ることに思いいたったのは、商社マン時代、ガーナに行った時、その水事情の悪さに驚いたからとのこと

驚くだけなら、たぶんわたしだって驚くとは思います。

「大変だなぁ」って、現地の方々に同情もすると思います。

でも、日本に帰ったら水道からきれいな水が出るのだから、しばらくしたらその驚きも忘れてしまうでしょう。

 

 

でも先生は違った。

おそらく、幼い時からお母様から聞かされていた「その人の身になってみ」という言葉が、先生の心に火をつけたに違いありません。 

「途上国の苦しんでいる人たちのことを思うとき、母の『その人の身になってみ』の言葉が胸にきて、何かさせてもらわんといかん」という思いになられたとか。

 

 

そのお母様もすでにお亡くなりになられましたが、亡くなられるとき、周りの人に言われた言葉は

「幸せやった」。

 

最後に「幸せやった」と微笑む生き方。逝きかた。

すばらしいですね。

ありがとうございます。

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