言葉は言波!我を出すとは「過去」をつかむこと
ちょっと不思議なことを書きますがね・・・
この一週間、ほんと不思議な一週間でした。
そしてパワフルな日々でした。
わたし、自分が理屈っぽいせいか、説明ナットクのつかない不思議なことはあまり身に起こらないのだけど(幽霊みたりとかね!←一生見たくないです!出てこないでくださいね)、いやぁ、この一週間はかなり不思議ウィークでした。幽霊クラスかも!?笑!
普通じゃありえないことのオンパレードでしたよ。。。。
その詳細は・・・!
ココではお話しません。ごめんなさいね!
だけど、そこでの気づきはシェアします。
「いま、地球はほんとうにたいへん、大切な時期を迎えているということ」
「一人ひとりがどう生きるかということが問われる時代だということ」
「我を手放すこと」
「虚栄心ほど身を滅ぼすものはないこと」
「現実を無視する大切さ」
「命がけの覚悟で祈ること」(印可書の祈り)
わたしたち、うかうか美味しいものとか食べて笑ってる場合ちゃうぞ、ってそんな焦りに胸が張り裂けそう。
でも、怖いんじゃないですよ。
大いなるものにつながり、任せきるだけです。
大いなるもの=神さまの流れは一大循環。
その流れにすっかり任せられるかどうか。
「我」を出すと順流の流れには乗れない。
「我」を出すとは、「過去」を摑むこと。
良くない思いであれ、良い思いであれ、過去を摑んだとたんに我が顔を出す。
我がなく無色透明なら、神さまの光がさーーーーっと入るのにもかかわらず。。。。
本心の自分は無限力。自由自在。
まず本心の自分を生きようとしているかどうか?
これですべて決まる。
常に、新たな自分を生きる。
絶対の中心から、一瞬一瞬現れてくる、真の神さまとしての自分を生きること。
これを一瞬一瞬思い返すこと。
う~ん、こんなふうに書くと、ハードル高いかな?
具体的な方策としては、「過去の結果としての現実は相手にしない」
マイナスを、見ざる・言わざる・聞かざるの実行とともに、
心の奥深くでプラス言葉を駆使しましょう。
もう一度言います。
「過去の結果としての現実は相手にしない」
そして「心の奥深くにある真のプラスの言葉を駆使すること」
言葉は言波(ことば)。
自分の使う言葉が、波長を合わせることになる。
ほんとうにプラスの言葉だけを一心に唱え続けることができたら、
必ずプラスの自分になれるのです。
ありがとうございます
2015.3.30