付き合うべき人とはどんな人?
何日か前のブログに「付き合ってはいけない人」について書きました。
これは福厳寺ご住職の大愚 元勝さんのお言葉からの引用なのですが、お釈迦様の経典の言葉から書いておられるところが私は興味深いな~と思いました。
さて、今日は「付き合うべき人」とはどんな人なのか?
引用すると、下記の4つ。
あなたはどうですか?
①助けてくれる人
②苦しいときも楽しいときも一様である人
③自分のためを思って話してくれる人
④同情してくれる人
以上はお釈迦様の言葉からひもとく住職のお言葉。
う~~ん、、、、これって・・・
①はテイクではなく、ギブの人。
②はウラオモテない人という意味でしょうか。
③は少々耳に痛いことであっても、本人のために忠告してくれるような存在でいること。
④の「同情」というよりは、「共感」してくれる人、ということかな、と思います。
今も昔も人間関係に苦しみはくっついてくる。
さきほどあげたのは「付き合うべき人」という項目でしたが、大切なのは、自分が「付き合うべき人」を選ぶのではなく、自分が「付き合うべき人」になることが大切なのかな~と。
確かに人生、どんな人と付き合うかで毎日が変わります。
温かい人間関係を育むことがこの世の幸せの一つではあると思うのですが、、、、、
仏教は、実は、そんな私たちに「孤独」に歩むことの大切さも教えているのです。
『スッタニパータ』という経典の中に、次のような一節が説かれているそうです。
「われらは実に朋友を得る幸せを褒め称える。自分よりも勝れ、あるいは等しい朋友には、親しみ近づくべきである。このような朋友を得ることができなければ、罪過(つみとが)のない生活を楽しんで、犀(さい)の角のようにただ独り歩め」
犀の角とは、「孤独」のことです。
お釈迦さまは、修行僧に向かって「善友を求めよ」と説かれながら、もし善友が得られないのなら、「孤独に歩め」ともおっしゃっておられるのです。
良き友を得ることの難しさをも感じる話です。
修行僧となれば厳しい道でしょう。孤独にもさいなまれることもありましょうが、そんなとき、寂しさを紛らわすために誰かと関わるようなことは、結局は依存関係を生んだり、振り回されたり、大切な目標を見誤ってしまうようなことになりかねない。
だからお釈迦様は「孤独に歩め」っておっしゃったのでしょうね!
これって、恋愛にも通じますよね。
一人でいる寂しさを紛らわすための誰かの関わりからは、本当の人間同士の関係は築けません。
一時的には楽しかったとしても、、、泡のようなもの。
互いを高めあうことを喜べる人との出会いやつながりこそが人生の宝物。
皆さま良き出会いを大切になさってくださいね。
新たなる無限の無限の恵みが無限に無限にいっぱい
ありがとうございます
2021.9.15