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過去世からの業想念を引きずること

自我の心を生きようとしていては、過去世からの業想念を引きずることになるのです。

だからすべてにおいて行き詰まり、七難八苦に見舞われることになるのです。

それは自業自得なのです。

 

 

自我の思い・願いを生きようとすることは、神さまを利用しようとしているだけなのです。

それは少しも神さまの役に立ってないのです。

与えたものが与え返されるというのが、厳然たる法則です。

 

 

神さまに対して何も与えていないから、神さまの大きな助けを受けそこなうことになるのです。

神さまの助けを受け損なうということは、自我の心を消し去ってもらっていないということです。

だからますます自我の心が強くなるのです。

そして自我の心が積み重なって飽和状態になると、自壊作用を起こして、七難八苦の状態になるのです。それを永遠に繰り返すことになるのです。

 

 

 

自分のすべてのすべてを捧げ尽くして、神さまのために生きようとすれば神さまの大きな助けを受けることができるのです。

本心の心は、自分の自分を神さまに捧げ尽くして、神さまからすべてを享けなおすのです。

 

 

本心の心を生きようと前向きに努力すれば、神さまの大きな助けを受けて、自我の心を消し去ってもらえるのです。

自分の心が七難八苦の元凶なのです。だから自我の心を微塵も残してはならないのです。

自我の心が消え去って、本心の心が輝けば、いつも無限の無限の幸せで一杯なのです。

 

 

 

純粋に神さまのためだけに生きるようになれば、自我の心を速やかに消してもらえるのです。

自分のためでなくても、他の人のためにというのも、まだ自我の心の生き方なのです。

 

 

人は二人の主に仕えることはできないのです。

自我の心を生きるか、本心の心を生きるか、そのどちらかを選ばなければならないのです。

自我の心を生きようとすれば、業想念の心と一体化して、その奴隷になってしまうのです。

本心の心を生きようとすれば、神さまと一体化して神さまに成れるのです。

 

 

業想念の奴隷の心を少しでも掴んでその自我の心を自分の心として生きようとすると、謙虚な本心の心は引っ込んでしまうのです。

幸せに成りたいのであれば、幸せに成るためには、自我の心を徹底的に切り捨て、消し切ることが必要なのです。

そして本心の心をしっかりと生きるように努力し続けることです。

 

 

 

本心の心を生きるということは、神さまのためだけに生きることです。

神さまのためだけに生きることということは、神さまに心を向けて、ひたすらに神さまに感謝し続けることです。

そうすれば自然に、神さまの御心に帰一・随順・奉仕できて、いつも無限の無限の幸せでいっぱいに成れるのです。

自我の心(五欲の心、業想念の心、煩悩の心)の巧妙な誘惑に、絶対負けてはいけないのです。

 

 

 

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