母から父へのラブレター
わたしの父は優しくてもの静か。そして文学を愛するロマンチストでした。
書棚には仕事関係の書物以外に、詩集もずらりと並んでいて、わたしが早くから詩や文芸に興味をもったのも、そんな環境があったからかな、と思います。
わたしの母は、明るくて勝ち気で快活。そして今でいう“リケジョ”。
それも、ノーベル賞の物理学者キュリー夫人が憧れだったというから、筋金入り。
現役のときは中学の理科の教師をしていました。
たぶん・・・・詩集なんて一度も読んだことないのでは??
そんな二人が出会って、夫婦になるのだから、縁っておもしろい。
かつて父がわたしにぼやいていたことを思い出します。
ある夕暮れ、空に細い細い銀色の三日月がかかっていたとか。
わぁー、美しい三日月だな、と感動したロマン派の父が「ノブコさん、ほら、きれいな月だ」と母に伝えたそうです。
「そしたら、あなたのお母さんは、その月を見てなんと言ったと思う?」と父。
「え、なんて言うたん?」
「『わぁ、ほんと。爪の切りくずみたいな月やねぇ』と。もうがっくりきたよ~」
がっくりきたよ、と言いながらも、そのときの父は楽しげに微笑んでいました。
わたしが高校生の時のこと。
仕事から帰ってきた母が「今日はバレンタイン・デーやから、お父さんにチョコレート買うてきた!」。
「わーい。食べようよー!」とはやしたてると、「あかん、お父さんのや」と母からぴしり。
なんでも、チョコレートにはオリジナルでメッセージも入れたのだとのこと。
だったら、これは、やはりお父さん本人に開けてもらわないとね。
わたしたち子どもが狙う?なか、母から赤いリボンの包みを渡された父は、そわそわと、ちょっと恥ずかしげ。
丁寧にリボンと包装を解いて、どどーんとあらわれたのは、大きな平たいハートのチョコレート。
そしてそのハートには、白いチョコレートで文字が入っていました。
「空より広く 海より深く Rさまへ Nより」
母から父へのラブレター。
わたしの知る限り、母の唯一の詩。
この三年後、父は不慮の事故で亡くなりました。
後期高齢者となった母は、今では認知症もすすみ、かつての母とは違うけれど。
でも、バレンタイン・デーがくるたびに、わたしの中では母から父へのメッセージがよみがえり、そして愛し合う両親のもとに生まれ、育てられた幸せと喜びがわいてくるのです。
ありがとうございます。
2014.2.14