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ときめき地図「アジフライ定食」

母を連れて警察署を訪れた。暗く大きな灰色の建物である。

「・・・あのう、母が詐欺被害に遭ったのですが」。

カウンター越しに2階の刑事課へまわるように指示される。

エレベータもなく、私は母を半ば抱くようにして、古びた手摺りの階段を上がる。

一歩、また一歩。

母の重みと温かさ。

私が守らねば。

守らねば、母を。

 

 

「母が詐欺被害に遭ったので、被害届を出しにきました」。

母と共に通された部屋も見事に灰色である。

壁も床もスチール机もパイプ椅子も。

この部屋には見覚えがある。 

そうだ、テレビドラマで。

「白状しろ!」と、刑事が犯人の面前でドンとこの机を叩くのだ・・・まさに、あの取調べ室。

「あぁ、お待たせしました」 

意外にもにこやかな若い刑事がやってきて、向かいに座った。

「ここ、テレビで見るまんまのお部屋なんですね。カツ丼とか出てきそう」

「わはは!皆さんそうおっしゃいますよ。カツ丼は出しません」

私と刑事は同時に笑ったが、母は私の隣で犯人のように無表情のまま、うなだれている。

 

 

「で?詐欺というのは?」

私は、独り暮らしの母の家に見知らぬ男が訪ねてきて、言葉巧みに有り金をみな持っていった話をした。

母の認知症がすすんでからは印鑑や通帳は私が管理しており、現金は常に10万円以上は置かないようにしていたのが幸いだった。

話の流れで、これまでにも何度となく、悪徳業者による被害に何十万も遭ってきたことも話した。

母は表情のないままだ。

あれこれやりとりののち、何かの折にはいつでも連絡をするようにと刑事課の電話番号をもらって、私たちは警察を後にした。

 

 

しばらく歩いたが、「なんだかお腹すいたね」と私たちは通りがかりの食堂に入った。

ちょうど昼時刻で、首からIDカードを提げた会社勤めの人たちで店は賑わっていた。

母とゆっくり食事をとるそばで、うどんやカレーライスやアジフライ定食などが次々と平らげられ、午後からの仕事に間に合うように、人々はまたそれぞれの職場へと戻ってゆく。

目の前で繰り広げられる健全な食欲と健全な生活。

 

 

年寄りを騙してまでお金を手に入れる人間がいる。

けれども、実直に働いて働いて、日々の喜びや楽しみを紡いでいるであろう市井の人々の日常に、なぜか涙が出てきて仕方ない。

「なぁ、お母さん、うちら騙される側でよかったなぁ」

声をかけると、その意味は解るのか解らないのか、母はふんふんと頷いた。

(「現代川柳」2014年11月号掲載)

*「ときめき地図」は、川柳誌「現代川柳」に連載されている中川千都子のエッセーのページです。

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