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【ときめき地図】1978

 

 友人のヒデオは元暴走族だ。

今でこそ、会社を経営し、家庭を持ち、健全な暮らしを送っているが、その青春時代の話は血生臭い。

 

 

 1978年。

 高校生だったヒデオはほとんど学校へは行かず、昼間は暴走族仲間とゲームセンターに入り浸っていた。

そこで1人の男に出会う。26歳のその男はヒデオの目からも「イカレて」いた。全うに生きることを完全に捨てている、ある種の狂気。

しかし、どことなく温かみもある。

「今日から俺のこと“アニキ”と呼べや。困ったことあれば、なんでも言うてこいよ」。

 アニキは思ったとおり組(暴力団)の人間だった。

やくざと関わるのは恐ろしかったが、アニキはヒデオたちには優しく、よく面倒をみてくれた。

おもしろおかしいことをアニキはいっぱい知っていた。

 アニキにはたくさん女がいたが、その誰をも愛している様子はなかった。

特定の女としばらく長くなったかと思うと、ある日突然女が行方不明になる。

おや?と思うが、アニキは一切そのことに触れないので、ヒデオも尋ねない。

やがてそんな女がいたことすら、幻のようにも思えてくる。

 

 「ヒデオ、手伝えや。お前にしかできん」と言ってアニキが持ち込んできた“アルバイト”は拳銃の運び屋だった。

高校生は職務質問を受けないから都合よいらしい。

預かったものの重みに生唾がわく。

緊張のまま電車を乗り継ぎ、指示された事務所まで行くと、アニキと組の幹部たちが待っていた。

預かり物を渡し、任務終了。ヒデオには一万円札三枚が渡された。

ほっと胸をなでおろしたのも束の間、次の瞬間、怒声と共にアニキは蹴り飛ばされ、床に転がった。

どうやらアニキが拳銃の数を間違えたようだった。

「お前わかってるやろな?」

アニキの前に分厚い俎板のようなものとドスが運ばれた。

ヒデオは顔を背けた。

痛みか恐怖か悔しさからなのか、アニキは涙で顔を濡らしながら、自分の左手小指の先を落とした。

その瞬間短い悲鳴をあげ、アニキは失禁した。

 

 ある日、アニキが派手な外車でヒデオの高校に乗りつけてきた。

「制服を着てみたい」と言う。

「一度でええ、高校生になってみたいんや」。

ヒデオは、よしきたとばかりに、通りがかりの運悪い生徒を脅しあげて制服を奪ってくると、アニキに差し出した。

「おお~!」

制服を着たアニキの頬は紅潮し、満足そうだった。

「なんか変か?おかしいなら言えよ?」

少し照れたように笑いながら、アニキは金ボタンや詰襟を確かめるように指でたどっていた。

その様子は楽しげで、心から嬉しそうだった。

 

 

「・・・で、その半年後にアニキは亡くなったんや」

「え?なんで」

「組の抗争に巻き込まれて、ズドンや」

アニキが死に、自分たちとやくざとの縁も切れた、とヒデオは言う。

「俺みたいになるなよ、と身をもってアニキは教えてくれたんかもしれんなぁ」

 話の最後に飲み干したビールは、胸に沁みる苦さだった。

現代川柳2015年3月号掲載。

「ときめき地図」は文芸誌『現代川柳』連載中の中川千都子のエッセイのコーナーです。

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