~心とからだの平和~コラム【ありがとうスイカ】
誰しも忘れ得ない味の思い出があるのではないでしょうか。
【ありがとうスイカ】
生涯忘れられない甘さのスイカがあります。
会社務めをしていた数年前のこと。
その年ははからずも、何度も入退院を繰り返した一年でした。
入院のたびに別の部位に癌の病巣が見つかったからです。
わたしと同じ部署で共に仕事している後輩や部下の人たちは全員30代40代の男性たちでした。
手術が無事済み、療養期間を経て仕事に復帰したのがまだ春浅い頃。
女同士のように言葉数も多くなく、細やかなやりとりもないけれど、職場に復帰したわたしを彼らは喜んでくれました。
ところがそれから幾日も経たないうちに病院から連絡が入り、検査結果から再入院、再手術が必要とのこと。
「ごめん、また入院や」
わたしはまるで何でもないことのようにみんなに告げました。しかしみんなの様子にさっと緊張が走るのが判りました。
口には出さないけれど、自分でもこの先どうなるのかわかりません。
あくる日から再入院という日、わたしは持っている仕事も全て部下の人たちに引渡し、そして心配をかけないようできるだけの笑顔で言いました。
「じゃ、お疲れさん。明日から休むけどあと頼むわ。よろしくね」
デスクまわりもすっかり片づけ、帰りかけようとすると、部下の一人がわたしを呼びとめました。
そして
「…中川さん、あの、ハグさせてください」と。
え?ええ?
みんなが集まってきて、私は次々彼らのハグを受けました。
ありがとう、ありがとう!
みんなのエールがその腕から伝わってきます。
「おれ、なんか泣きそうです~」と一人が言って
「こらこら、死ぬわけちゃうで!」と私の一言に全員が笑いました。
夏が熟れるころ、一旦治療を終え、私は会社に戻ることができました。
久しぶりの職場は笑顔であふれ、賑やかでした。
なんでも、私が入院してから、後輩の一人が会社の敷地の隅にスイカの苗を植えたのだとか。
「このスイカが実るころ、中川さんはぜったい戻って来る」そう思いながら植えたんです、と彼は話してくれました。
彼は始業よりも1時間早く出勤して、「ありがとう」と声をかけ続けながら苗の世話をし続けたそうです。
彼は自信に満ちた笑顔を向け
「そのスイカ、中川さん、見て下さい!」。
表に出て、彼について植栽の茂みに入ってゆくと、「おお!」。
スイカは石垣沿いに、ひとつ見事に実っていました。
立派な縞模様に夏の日が照り返しています。
みんなの歓声と拍手の中で、私はそのスイカをしっかり胸に抱きました。
小ぶりながら、ずっしりとした重さ。
ありがとう。ありがとう、みんな。
それは、じぃーんと胸に沁みる重さです。
そして切り分けてみれば、なんとも心に染みわたる甘さ。
わたしが生涯忘れられないスイカはこの「ありがとうスイカ」。
あのときのみんなからのハグを、そしてあのスイカの甘さを思い出すたびに、わたしもわたし以外の誰かの良い力であれたら、と思うのです。
ありがとうございます。
2015.7.12